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ラブレターフロームカナダ

ラブレターフロームカナダ

幸子の日記4、15~30話

第15話、明暗



その日は私一人でギャラリーにいた。

バイトの子が急に病気で休んだらしく、
ブルーはそのこの代わりに
店に出ていた。


私は受付などをしながら
時間があればきている客に
写真の説明などをしていた。

その日の私の格好は、
プラダの白のサブリナパンツに
淡い緑のTシャツを着ていた。
ポイントに
首にグッチのスカーフを小粋に巻いた。

ギャラリーの受付と言えば
そこで開催されているショーの一部でもある、
もし私がダサい格好などして
ここに座っていれば
ブルーの作品価値を少し落としてしまうかもしれない、
そういう配慮から
グラントに買ってもらったものばかりを着ていた。


平日の昼間など
あまり忙しくはなかったが
しばらく一人珈琲を飲みながら
雑誌を読んでいると、
数人の男性が入ってきた。

日本人らしきその人たちは
いかにも業界人間らしく、
お洒落なモノトーンのトップにジーンズを合わせていた。


「結構面白いね、、」

フォトデザイナーの名前を見て、
日本語で話しかけてきた。

「君がデザイナーさん?」

「いえ、私の友達のブルーってこがデザイナーなんです、
素敵でしょ、これ全て人間の体のパーツなんですよ」

私は言いなれたフォトの説明をしだした。
数人の男達は私の話を聞いているのかいないのか、
再びひそひそと話し出した。

それからしばらくして
また一人ギャラリーに入ってきた。
帽子とサングラスで顔がはっきりとは見えなかったが、
日本の女性らしかったが、
夜の商売でもしているのだろうか、
ソーホーには似合わず少し派手すぎる格好だった。

誰かに似てる、、、。

そう思ったが、
それをさえぎるように
先ほどの男達が話しが耳に入ってきた。

「この写真なんかいけるんじゃない?
女性の体だけどエッチっぽくないし、
使えそうだよ、、、」

なにやらブルーの撮った写真について話し合っているみたいだった。



「あ、ごめんごめん、僕達こういうものなんだけど、、」

そのうちの男が出した名刺は
日本の有名なファッション雑誌をだしている雑誌社だった。

「○○編集部、、、?」

「ああ、君のお友達の写真すごくいいね、、
今度、某雑誌で女性の体について特集組む予定なんだけど、、
この写真について話しが聞きたいんだ、、
僕達は明後日までしかNYに居ない、もし興味があったら、
この携帯に電話してくれるように友達に言ってくれる?」

「え?それって?ブルーの写真が雑誌に載るって事?」

「まあ、はっきりとはいえないけれど、そういう方向で
君の友達の話しが聞きたい、、」


「えええ~~!うっそ~~!」

私の大袈裟な反応に
彼たちは笑い出した。

「ははは、、そんな嘘なんかつかないよ、
本当の話し、
それよりも早く友達に連絡がつけばいいけど、、
僕達も時間が無いし、、」

「あ、じゃあ今から電話してみます、ちょっと待ってください」

私は焦っていた、
何故焦っていたのか、、、

ブルーが捕まえようとしている
私の目の前にいる大きな魚を
急がないと逃しそうな気がしていたからだ。


「あの、幸子と申します、ブルーさん接客中ですか、、、、」


電話の受話器を持ちながら、
再びあの女性が目についた。

短いタイトスカートに赤の安物のヒールを合わせていた。
耳にはまだ夏でもないのに
白い大きなピアスを重たげにぶら下げていた。


「あ、ブルー、聞いて~今ね、私の目の前に日本の某雑誌社の人たちが
いるおよ~!ブルーに会いたいって!」


ブルーは電話の向こうで叫んでいた。
顔は見えなかったが
受話器を持ったブルーがジャンプしていることは
声の調子から分かった。

叫びあっている私たちを見ながら
その男性達も少しあきれているのか
面白がっているのか
笑っていた。

その隙間からまたあの女性が目に入ってきた、、。



「アイだ、、、あの子アイだ、、、」

彼女はちょうどギャラリーを出て行くところだった。


「あの、、デザイナーのブルーがお話ししたいらしいんです、
もしよければ電話に出てもらっていいですか?」

早く男に受話器をわたしたかった。

受話器を渡してすぐに
外に出た。

小さく見えるアイかもしれない後姿、、。

「アイーーーーーーーーーーーーーー!」

私は大きく叫んだ。
日が沈みかけたソーホーの街中で
彼女は振り返ったように見えた。



皮肉にもブルーの朗報の隙間から見えてしまった
アイの今の生活、、



大丈夫だろうか?

アイの落ちぶれた格好は、
浮かれ気分を一気に吹き飛ばした、







彼女はどこで曲がり角を曲がり間違えたんだろうか?

アイの後姿が切なかった。

第16話、貝あわせ



グラントが日本から注文した着物を着てパーティに出ていた。
あの艶やかな金箔を施した京友禅の着物だった。
頭は、昔見た“ティファニーで朝食を”
のオードリーのような髪型に
着物の色に合わせた水色のバラの生花をつけた。


私の体というのは、上から下まで丸太のような形だった。
腰もくびれているわけではない、
胸も小さな枇杷の実が申し訳なさそうについている。
胴からつながった2本の足も
胴と同様丸太だった。

こんな体系の女が普通にキャミドレスを来て
白人の女性に勝つわけはなかった。

どう見たって雲泥の差はついている、
が、
その夜の私は違っていた。

この小さな胸、丸太のようなずん胴は
着物をよりいっそう綺麗に見せていた。
この平たい顔に
細長い目、
その夜の私はまさに
“THE 日本”という感じの様相だった。

“アジアンビューティ”とはこのことをいうのだろうか?
やはり美を競うなら
その国の民族衣装を着て競えばなんとかあるものだと、
一人、変にうんちくを頭の中で述べていた。


「あ、この人がグラントの彼女?かわいい~
日本人形みたい、、、」

SEX and the CITYのに出てくるサマンサのような女性が
話しかけてきた。
胸が大胆にも開いたセクシーなドレスを着て
魔女のような目つきで私を嘗め回した。

まさに“NYビッチ”とは彼女のことをいうのではないだろうか、
意地悪な雰囲気と美人さが交じり合い
強烈なオーラを発していた。

「いいえ、まだ彼女じゃないの、、ふふ」

そんな彼女の質問にもジョークで返せていた。

その日の私は少しばかり自分に自信があった。

男性達が私を見る目が違っていたのもあるかもしれないが、
原因はグラントにあるのだと分かったのは
パーティも終盤になった頃だ。

その夜のグラントは
いつもと違っていた。
私を惜しみなくいつも見つめていた。
その視線がくすぐったいやら楽しいやらで
私はちょっとした女優を演じていたのかもしれない、、。

パーティの間、グラントはずっと私の側を離れなかった。




「今夜の幸子は特別に綺麗だった、、」

家に帰り二人でソファーに並んで座り
ワインを飲んでいた。
グラントは恥じらいも無く私を見つめてきていた。
少し酔っているのだろうか
今夜の彼は少し大胆だった。

「もう一度僕に君の着物姿を見せてくれないか、、」

私はワイングラスを置き、
彼の前に立った。
そしてゆっくりと回った。

彼はいつもの優しい眼差しを私に投げかけていた。
その眼差しは
私だけに投げかけているものだとずっと信じて
疑ったこともなかったものだった。


彼は優しく私の手をとり、
再びソファーへと導いた。

私はゆっくりと彼の横に座り、
彼を見つめた。
彼と口づけすることは自然なことだった。

彼の帯を緩める手も相変わらずぷよぷよして
シミだらけだったが、
それは、遠の昔に、愛らしさに変わっていた事は
気がついていた。

彼の手が、確かめるように
私の体をなぞっていった。
彼の体の重みと体臭を
体全体で感じていた。
彼と一つになりたいと心から思えた。

そう、私はいつからか、
彼を愛しはじめていたのだ、、。





その夜、私は久しぶりに夢をみた。

嵐を生き抜いた船は
雲の隙間から覗いている光に照らされていた。
再び緩やかな風がでてきて、
船は自然と動き出した、、、。


遠い遠い昔に出航した船は、
長い旅路を追え
やっと港についた、、、

波はなく、穏やかな日だった。

第17話、未来の景色



NYへ来て2ヵ月半が過ぎようとしていた。
このところ、夏の暑さが毎日続いていた。
日本の夏の暑さで鍛え抜かれていた体なのに、
バンクーバーの冷房無しの夏が恋しかった。


その日は
駅のホームでブルーを待っていた。
ハーレムに安くて素材のよいウイッグ屋があるという、
ブルーはそこに買い物に行くのに
私を誘ってくれたのだ。
まだハーレムに行った事のない私にはちょっとした冒険だった。



一人駅のホームに座り考えていた。

グラントは今年で63歳、
私はもうすぐ32歳になろうとしていた。
親子と思われてもおかしくない年の差があった。

「もし、グラントが長生きしたとして、、93まで生きたら、、、
私は62歳かあ、、すぐに子供を産んだとしても、子供が30まで
生きてるんだ、、」

そんなことをしみじみ考えていた。

かといって、
グラントからはあの夜のことは何の言葉も無かった。

それでもあの夜によって、
グラントへの恋心がはっきりとした形で
私の心に入って来た以上
一人先走りするように
色々と想像せずには居られなかった。


「お待たせ~」

ブルーが少し遅れてホームに来た。
しばらくホームで待った後、
次の電車に二人で乗った。

「幸、聞いて、
あの雑誌の話し、本格的になりそうなの、、」

「え?あの某雑誌社の話?」

「うん、編集部の人たちがかなり気に入っちゃって、、へへ、、
今度東京に行くことになった。」

「え~、すごい!本格的じゃん」

「うん、これぞ人間逆輸入だよね、、」

「あはは、面白い、そのたとえ!」

土曜日の昼間であって
電車は少し混んでいた。
ハーレムへ向かうこの電車は
心なしかブラックが多いような感じだった。


「それでさあ、、、幸も一緒にいこうよ!
ほら、あの編集部の人たちに聞いたら、二人分出してくれるって、
だってあの作品は二人で作ったものだし、、、」


ブルーのこういうところが好きだった。
私のした事など
ただの提案で、実際全てを手がけたのはブルーだった。
だから編集者の人たちに
自分が全部したと言えば良かったのだ。
そうすれば全てを独り占めできるのに
ブルーはご褒美を私と分け合いたいと思っていたのだ、、。
義理堅い女性だった。


「ちょっと考えていい、、」

「あ、あのおじさんのこと、、」

「うん、、」

「そっかあ、、、、
私、幸とならやっていけそうな気がするんだ、、
もっともっと自分が大きくなれそうな気がするんだ、、」

ブルーは変わりゆく窓の外の景色を見ていた。


「もっともっと上に登りたいんだ、幸となら登れそうな気がする、
そ~だよ、二人で登ろうよ!一緒に世界を見ようよ!」

ブルーの“世界”という言葉に心が躍った。
よく映画やドラマで聞くようなちょっと歯の浮いたような言葉でも
ブルーが言えば本当に起こりそうな、そんな響きがあった。


今まで考えたことも無かった世界、
私はブルーによって
そこへ導かれているのだろうか?



「いい返事まっ、、、、」

言葉が途切れた、、、。
ブルーの目は潤んだようにキラキラしていた。
窓の景色を追うように、
眼球が微妙にくるくる動いていた。

「ブルー?」


「あ、ごめん、考え事してた、はは、、」

彼女はさっきからずっと目で追っていた、、

それは窓の外の景色ではなく
彼女の未来だったのだろうか?

第18話、真珠



「幸子をまだエンパイヤーステートビルディングに連れて行ってなかったな、、
今から行って見るか、、」

私たちはソーホーのマレーシアレストランで夕食を終えた後、
少し外を歩いていた。

グラントの肩に自分の肩が
触れ合うか触れ合わないかの距離で
二人並んで歩いていた。
今すぐにでも彼の腕にしがみつきたかったが、
無邪気に男の腕に飛び込めない私は
きっかけをつかめず、少しもどかしい思いをしながら
歩いていた。

そのまま私たちは表通りにでて、タクシーをつかまえた。
タイムズスクエアを抜け、
あっという間にエンパイヤーステートに着いた。

ここは言わずと知れたキングコングが登ったとされるビルで
有名であった。
それ以外にも数々のロマンティック映画の中で恋人同士が
愛を語り合った場所でもあり、
そういう場所にグラントと一緒に来れたことを
嬉しく思っていた。
私はその嬉しさを隠し切れず
少しはしゃいでいた。

「ねね、あそこにお土産売り場がある、、、
あ、このキーホルダーかわいい、、
あ、見てみて、塔の形をしたピアスがある、、、」

そんな私の光景を
彼は、いつもの優しい眼差しでみつめていてくれた。
彼は何も言わずに
店員にキーホルダーとピアスを指差し
ポッケから小銭を出していた。


幸せを感じていた。


一緒に観光地へ行き、大好きな彼が自分の目の前で
気に入ったお土産を買ってくれる、、
それは、
何気ない生活の一コマだったが、
私にとっては叶えたい夢リストの一つだった。


今夜は特別な夜にしたかった、
あの映画で恋人達が愛を誓い合ったように、
私にも何か素敵なことが起こればいいと思った。





「幸子、君に似合うかとおもってこれを買っておいたのだけど、、」

グラントは背広の内ポケットから
白い包み紙にくるまれた小さな箱を無造作に取り出した。

白い包み紙の上には
ミキモト
と書かれていた。

「これって、、、」

「ああ、真珠だ、君の黒い瞳と黒髪に似合いそうだったから、、」


箱の中には真珠のピアスが入っていた。







私の母は私が20歳になった頃から
私が嫁ぐ日のために色々と花嫁道具を買い集めていた。

「こういうものは実家が買い揃えて
嫁ぎ先に持っていかないと
あなたの未来の姑に嫌味言われるかもしれないしね、、」

喪服の和装に、黒留袖、それに合う各々のバッグにぞうり、
それと真珠のネックレスだった。
その他にも色々と母は買い続けていた。

「真珠のネックレスはいいのよ、結婚式にもつけていけるし、
葬式だっていけるしね、、、
お父さんのボーナスが出たからちょっと大きめのを買っておいたのよ、
こういうのは一生ものだし、、
お母さんぐらいの年になるとね、ちいさい真珠なんてつけられないのよ、
これぐらい大きいのだと姑も文句言わないでしょ、ふふふ、、」

「お母さん、ネックレスと指輪のセット?イアリングは無いの?」

「そうなの、デパートの人に聞いたんだけど、
このセットでイアリングはあったんだけど、ピアスがなくてね、
今度見つけたら買いに行きましょ、、」

「うん、、」






母と買いに行く約束をしていたピアスをグラントがくれた。

ピアスが揃ったことで
母の思う私の花嫁道具が揃ったわけだった。







「結婚式などのお祝い用の黒留袖はどうでもいいんだけどね、
喪服はいつももっとかなきゃだめよ、
ほら、結婚式はとりあえず日取りを決めるから、
服を買いに行く時間があるけど、
お葬式だと、突然でしょ、、、」


昔母が私に言った言葉を再び思い出していた。











私はそのままグラントの腕につかまった。
彼は私の全てを受け入れようとしているのを心で感じていた。


「キスしたい、、」


夏の夜風に当たって
酔いは冷めたものだと思っていた。


私はビルの上から振り落とされまいと
グラントにきつくしがみついた、、。



車のクラクションを遠くに感じていた。

グラントの腕のなかで
夜の星空に続く夜景を見ていた。

第19話、愛の深み



「どうしたの?その顔、、、」

ブルーの顔の右半分が少し赤く腫れていた。

「ちょっとね、、、」

「ちょっとじゃないじゃん、転んだの?
どうしたのよ、、でもそれよりも冷やさないと、、」


私たちは地元で人気のNYチーズケーキのお店に来ていた。
私はウエイターに手を上げ、
濡れたお絞りと氷を持ってきてもらうよう頼んだ。


「ぶたれたのよ、あいつに、、」

「あいつって?」

「前に付き合っていた日本人のおじさんに、」

ブルーは少しふてぶてしく答えていた。
殴られた怒りがまだ治まらないようだった。

「こっちで美容院経営しているおじさんで、、
私がこっちに来た頃色々お世話になったのよ、、
ま、その延長で付き合い始めたんだけど、、、」

「前の彼氏ってこと?」

「向こうはね、私を彼女だと思ってたんじゃない?
よくわかんないけど、、
私は彼氏だなんて思ったことも無かったけど、年も離れているし、
かっこよくなかったし、、、金は持ってたけどね、」

ウエイターがお絞りを持ってきてくれた。
それに氷を包んでブルーに差し出した。

ブルーは少し痛そうにそっとお絞りを頬にあてた。

「私も若かったのかな、、、そういう関係になれば色々と
頼みやすかったのよ、、
今で言う援交みたいなもんだったんだけどね、、
私が自分の体を提供する代わりにあいつは私に時間と金をくれたんだ、、、、


バイトばっかりしてたんじゃ、作品作る時間もなかったしね、、」


ブルーは尚も痛そうに頬を押さえていた。


「どうして別れたの?」

「そのおじさんには、奥さんがが居たんだよ、、、最初は知らなくって、、、
でも、それを知ってから、私も他で彼氏作ったりして時間つぶして、、、、
その新しい彼はバイヤーだったから、一年に数回しかNYには来なくって、
隠し通せると思ってたんだけど、、」

「ばれたの?」

「うん、まあね、、、その後がすごかった、
年老いた男の嫉妬っていうのもすごいもんだよ、、後がないからかな、、
“オレが今までくれてやったものを全部返せー!”ってね、
首が絞まるほど胸ぐら掴まれて殴られて、、、そう言ったかと思うと
数秒後には土下座して“やり直して欲しい、、”だって、、
鬱が入っていたろうけど、、これでお終いって思ったよ

今は、1ヶ月に一度の割合で出てくるよ、、お化けのようにどこからともなく
現れるの、、あはは、、」

頬の痛みをこらえながら笑ったせいか、
彼女の顔が少しいがんで見えた。

「今日も、“やり直して欲しい!”ってしつこく食い下がってきて、、、
無視して通り過ぎようと思ったら、また殴られた、、」


しばらくして、
ウエイターがチーズケーキを珈琲を持ってきた。
ガイドブックに乗っていないそのお店は
ニューヨーカーばかりでにぎわっていた。

ケーキを食べていたせいか
二人とも無口になった、




ただ一つだけブルーに聞けてなかった質問が
頭の中に残っていた。
同時に、それはグランへの質問でもあった。


愛していた?


私はグラントを愛していた。
きっとそのおじさんも愛情表現は屈折していたものの
ブルーを愛しているはずだ、、。

ブルーは彼を愛していたのだろうか?

体を重ねる = 愛している

の方程式は誰にも通用しないのだろうか、、


彼を愛すれば愛するほど
私は迷路に入り込んでいくように感じていた。
彼の全てを知りたいと思うのに
二人の間には私を惑わすように
白い霧が立ち込めていた。
彼の心にたどり着きたいと思うのに、
たどり着けないもどかしさ、、

グラントの心が知りたかった。

第20話、特別席



ウサギちゃんから久しぶりにメールが来た。

2週間前にバンクーバーに着き、
今はマイクと暮らしているらしい。
二人で色々と話し合った結果、
彼とやり直すことに決めたと書いてあった。


彼の横にはうさぎちゃんがふさわしい女性だとずっと思っていた。
ただ、私が少し悪あがきをしただけだった、、
私は彼にとって常に2番手だったのに、
1番手になったと思っていた、
いや、なろうと努力をしていたのかもしれない、、
でも、そんなことも今となってはどうでもいいことになっていた。
全ては遠い過去のものとなっていたからだ。


私は常に2番手だった。
日本にいたときもあの男の2番手だった。
奥さんと別れると毎回にように言っていた。
そんな彼の言葉を呪文のように聞き入れ、
いつかは一番手になれると信じていた。
人の言葉を疑うことができないぐらい
若すぎたのだ、、、。

友達にしてもそうだった、
人数が決められているようなコンパや
車で行くような旅行などは
誰かが決病にならない限り私は誘われなかった。
それでも私は彼女達の友達の振りを続けていた、、

自分に自信がなかったから、
全てはそれでいいと
自分で自分を見下げていたのかもしれない。

自分で自分の価値を下げていたのは
あの男でもない、彼女達でもない、、、
私自身だったのだ。

それに気がつくのに10年かかった。



「2番手かあ、、、」

深いため息が出た。


ただこの世で数人だけ
私を2番手扱いしない人たちがいた、、
私の家族とニックだった。

ニックはいつも私を一番の席に置いてくれた。
彼のたった一つしかない特別席に座らせてくれた、
それなのに、
私は彼と別れてグラントと一緒に居たいと
強く願っている、、。

グラントは私をどの席に座らせようとしているのだろうか、、、?





「もしもし?幸?」

ブルーからだった。

「日本に行く件もう決めてくれた?」

「うん、、、、
今回は行けそうにないかな、、、」

「うっそ~残念!」

「ごめん、、やっぱり、グラントと一緒に居たい、、、」

「またあのおじさんかあ、、、
でもそう思えるなんて、、、、羨ましいよ」

「本当、ごめんね、、あ、でもね、NYでのことなら今までどおり
なんでも手伝うよ、、、、、
ただ、今は彼と離れたくないんだ、、」

「ふふふ、熱々なんだ~!」

「もう~やっだ、、そんなんじゃないんだけど、、
なんて言うか、、、、
彼と距離を空けちゃうと、もう2度と会えないような気がするの、変でしょ、、
それに、
彼が私の事をどう思ってるかもわかんないんだけど、
彼が望むなら、、、、
私は彼のために何でもしたいし、どこへでも着いていく、、
彼に嫌がれるまで一緒に居たいの、、、、、、」




ブルーとの会話で自分の気持ちを再確認できた、、。


「今夜、彼に言おう、ニックと別れること、
そしてグラントとずっと一緒に居たいということを、、、」


グラントは、ニックとのことがあって、
私への愛を少し躊躇しているかもしれないと思っていた。


自分の気持ちを素直に言えば
グラントとの間の霧も晴れるような気がしていた。
なにがなんでも
彼の特別席に座りたいと思った。

彼の特別な人になりたかった。

第21話、告白



その日は日本食を作った。
新しいさばが手に入ったので
彼の好きなさばの塩焼きと肉じゃがを作った。

ワインで食べる日本食もなかなか
美味しかった。



「私のビザのことなんですが、、、、
あと2週間で切れるんです。」


切り出したのは私の方からだった。
きっとグラントは私のビザが切れることを知っていたはずだった。

「ビザか、、そうか、幸子はビジターで来たんだったな、、」

グラントは不器用そうにさばの身をほぐしていた。
手に全神経が集中しているのか、
その後は何の言葉もなかった。

私は彼の皿を自分の方に寄せて
彼のために身をほぐし始めた。

「それで、ビザの件なんですが、、」

「ああ、そうだったな、幸子は3ヶ月でカナダに帰りたかったんだな、、」

「あの、、そのことなんですが、、
私、NYにもっと居たいんです」

細かい骨も綺麗にとり、
食べやすい大きさに分けたあと、
再びグラントの前に皿を置いた。

「居たいのなら居ればいい、私も幸子と居れば楽しいし、、、」

「そうじゃないんです、、NYに居たいとかじゃなくって、、
そうじゃなくって、、
ただ、
あなたとずっと一緒に居たいんです、、、
こうやってこれからも一緒に晩御飯食べたり、、
魚の骨とってあげたり、、
えっと、、」


ちょっとしたドラマな自分に酔いしれていたのか、
それとも恥ずかしかったのか、
今にも涙が流れそうだった。

グラントは一呼吸置いた。

「ニックはどうする、、、君を待ってるぞ、、」

彼には余裕があった。
私がこんなにも必死になっているのにもかかわらず、
彼は大人な余裕を見せていた。
でも
今言わなければならなかった、、、。

「別れようと思ってます、、」

少しグラントが驚いたように見えた、
彼が予想しなかった言葉だったのだろうか?
彼は箸を置き、
しばらく私を見つめていた。

私は、彼が次に発する言葉を
息を呑むように待っていた、、、。

「別れて後悔しないのかな、、」

「してもいいんです、、今はあなたとずっと一緒にいたいから、、」

涙がついに流れた。

昔、大泣きしたときに
偶然ショーウインドウに自分の姿が写った。
こんな泣き顔の女なら男が追っかけてこないのは当たり前だと
自分の惨めな姿を見て納得したのを
思い出していた。

美人の泣き顔ならば人に見せても絵になるだろうが、
私のは見せれるはずはなかった。

下を向き、
必死に涙を止めようとした。


グラントはずるい、、
女の私に全部言わせて、、
自分は高いところから私を見物している、、
ずるい、、

そんなことも考えていたのかもしれない、
恥ずかしさと愛しさと悔しさが入り混じった涙が流れ続けた。


気がつけば
グラントが私のすぐ側に立っていた。

彼は何も言わず、私の腕をつかんだ。

そのまま彼に従うように
私は立ち上がった、、
と同時に彼に抱きしめられていた。


暖かい腕に少しぷよぷよしたお腹に丸く包まれた。
しばらくすると、その暖かさは
安堵感に変わっていった。


「幸子がいいのなら、これからも一緒に居よう、、
ずっと一緒に居よう、、」

泣き止まぬ赤ちゃんをあやす様な
そんな優しい響きがあった。

もう涙は止まらなかった。
彼にきつくしがみついた。
そして、彼に愛し続けてもらえるならば、
なんでもしたい、
と強く思っていた。


彼は
愛している
の代わりに、

「有難う、、」

と言い、

もっときつく私を抱きしめてくれた。

第22話、Tバック



その夜から、
私の寝室はグラントの部屋へと移動した。

彼は何も言わなかったので
自分でそう決めてそう行動した。
色んなものを彼の部屋に彼の承諾なしで移したのだ。

色んなことを勝手にしても
彼は相変わらず何も言わなかった。

私は今まで以上に彼に対して積極的になり、饒舌になった。

彼は寝る前に読書をする習慣があると言っていたが
そんなことはお構い無しで
その日一日あったことを
ベッドの中でグラントに話した。
彼はそれをいつも楽しそうに聞いていた。

かなりしつこい女だったが、
きっと彼の年の功でそんなことも受け流してくれていたのだろう。


そして、そんなどうでもいい私の話しが終ると、
必ず口にキスをして

「お休み、」

と優しく言ってくれた。

その後は、
私は彼の手を握り、
眠りの森に行くことが多かった。




それにしても60過ぎた男の性欲というものははかないものだと
彼の部屋に引越しして1週間目に気づきだした。

あの日、着物を着たときに彼に襲われた事など
奇跡にちかいことだったのだとつくづく思い知らされる日々が続いたのだ。

若い男性のように
女の体を見せればそれで欲情する、そんな簡単なものではなかった。





その日はセクシー下着を買いにビクトリアシークレットに
来ていた、
グラントを驚かすためだった。

表のショーウインドウにはスタイルのいいマネキンが
ゴールドのTバックを履き、胸にはそれと同じ生地のブラをつけていた。
そのブラというのが
本当にああいう小さい小さい三角でブラの役目を果たすのだろうか?
と思われるような底上げパット無しの薄いものだった。

「かなりセクシー、、、今年の流行かしら、、」

お店に入り、自分のサイズを探したが、、
ふとあの夜のことを思い出した。

グラントが欲情した日の夜である。

私は着物を着ていた。

彼は着物に反応するのだろうか?





結局その日は下着を買わず、
ちょっとした日本柄が入った
シルクっぽい生地のハウスコートと
それとお揃いのTバックを買った。


「気に入ってくれればいいんだけど、、、」


そんなことを考えながら地下鉄に乗った。
早く家に帰って晩御飯の支度がしたかった。
彼が帰ってくる前に
暖かい部屋を作っておきたかったからだ。


そんな自分の一日が愛しかった。

大好きな人のことばかりを考える一日、、。


耳には真珠のイヤリング、
カバンの中にはエッチ下着と今晩の晩御飯と
そして愛がたくさん入っていた。

第23話、あなた



グラントとの生活はうまく行っていると思っていた。

彼は情熱的なところは見せなかったが
彼なりに私を愛してくれていることを心で感じれていた。

しかし、
情熱を見せない彼に少し歯がゆい思いをしていたのか、
私は前に比べてかなり積極的になっていった。

一人で勝手にペアリングを買い、
グラントに渡したのだ。
待っていてもくれないものを
待つよりも、
自分で行動した方が早かったからだ。


私は年の差のありすぎる二人の見た目にこだわりすぎていた。
早く周りに私たち二人が一緒だと言うことを知らせたかった。
早く“夫婦”になりたかった。


グラントは素直に私の指輪を喜んでくれた。

「有難う、幸子、、とっても嬉しい、、、
でもね、ダイヤは買っちゃだめだよ、、僕の仕事がなくなるからね」

と、彼はお茶目にウインクして言った。
そしてその指輪を自分の指に通した後、
そっと私の左手を握りしめた。

「かわいい手だ、、」

私のしわだらけの手を愛しそうに眺めていた。


そうやって
グラントが近づいてくれば、
若い男性には無い、年寄りの男性の匂いがした。
その匂いは、私にとってどんな香水よりも素敵な匂いで
いつも肺いっぱいいっぱいになるまで嗅いでいた。

彼は仕事が忙しい時は、シャワーを浴び無い日がたまにあり、
その次の日の朝の匂いが特別好きだった。
自分でもその行為をかなり変態めいたものだと思っていた。
そのことは彼に告げずにいた。
気持ち悪がられるのが恐かったからだ。




♪~~そして私は~レースを編むのよ~私の横には~
私の横には~あなた~あなた~あなたが居てほし~い~♪


グラントが仕事で家を出た後は、
小坂明子の“あなた”を熱唱しながら
家事をすることが多かった。

その日も洗濯をしながら
発声練習するかのように大声で歌っていた。


この歌を歌いながら、
この冬はグラントの横でレースなどを編んでみようかなと
考えていた、ごく普通の幸せを掴みたかった。


洗濯を終えた後、
窓際の椅子に座り
太陽に手をかざし、
自分の左の薬指にはまった指輪を見ていた、、、

太陽の反射で光る指輪が綺麗だった、
早く彼の妻になりたかった。


ニックからは結婚らしき言葉は出ていたが、
はっきりとはプロポーズされていなかった。
私の人生で一番最初のプロポーズの申し出は、
グラントであればいいと心から思っていた。

そんな幸せな朝を一人で過ごしていた、、、。


ぶるるるる~~~

電話が鳴った。

「もしもし、幸子?私よ、コアラ、、、ちょっと急用なの、」

受話器の向こうから、
何か不吉な雰囲気が漂ってきていた。

「どうしたの?、、」

「あのね、早く、出来るだけ早くバンクーバーに戻って来れない?」

コアラちゃんがいつになく急いでいる様子だった。

「どうしたのよ、、」

「さっきね、ニックのお店の子から電話があって、彼、救急車で運ばれたんだって、、」

「え?」

「そのこが言うにはね、最近心臓辺りが痛いって言っていたらしいの、、
心臓じゃないといいんだけど、、、、、
それでね、ニックが幸子を呼んで欲しいって言って、そのまま
運ばれたらしいの、、、、で、そのこどうしていいかわかんなくって、、
色んなところに電話かけまくって、
それで、周りまわって私のところにかけてきたらしいの、、、
早く帰ってあげて、幸子に会いたがってたらしいのよ、、」





罰があたった。

神様は悪い私をこらしめるために、
私には罰を与えず、
ニックに与えた。

第24話、心臓



空港についてすぐにコアラちゃんに電話をしてみると、
ニックはすでに退院しているらしいと言っていた。

お店のほうにも電話を入れたが
店にも出ておらず、
私は空港から、ニックのベースメントの家に直行した。

前にその部屋には一度来たことがあったが、
薄暗くて窓の小さ過ぎる部屋だった。
共同のキッチンとバスが着いており、
玄関を入るとすぐに暗いリビングが広がっていた。

タクシーを降り、
家の裏手に回った。
ベースメントへのドアの鍵はかかっておらず、
そのまま何も言わずに入った。

前と変わらず薄暗い寂しい部屋だった。
ニックは仕事を終えると
いつもこんな部屋に一人でいるのだろうか、、?
そんなことを考えながら
リビングを通り過ぎた。


ニックの部屋のドアをノックした。
しばらくすると、
少し眠たげな彼の声が聞こえてきた。

「誰?」

「私、、、」

「え?幸子?」

すぐにベットから飛び起きたのか、
ドアが勢いよく開いた。

いつもと変わらぬ素敵な笑顔の彼がパジャマ姿で立っていた。
私は何も言う暇もなく、
強引に
彼の腕に引き寄せられ、抱きしめられた。


「幸子、帰って着てくれたんだね、行ってくれれば
空港まで迎えに行ったのに、、」

彼は私の髪の匂いを嗅ぐように、
自分の顔を私の頭に押し当てて言った。
彼のいつもの癖だった。

「え?迎えにって、、、心臓の痛みは?」

「ああ、あれね、、心臓じゃなかったんだ、、」

彼は少し照れたように話し始めた、、。

医者いわく、
心臓だと思っていた胸の痛みは、食道に胃液が上がってきた時のものだった。
最近の過度のストレスで胃と食道をふさいでいる蓋のようなものが
弱まり、簡単に胃液が逆流し、食道が焼け付くように痛んでいたらしい。
食道と心臓はかなり近いので
心臓だと間違える人も多いらしいのだ。


「ごめん、幸子、心配かけたね、、でも医者がね
僕の心臓は馬の心臓ぐらい強いんだって、、、ははは、、」

彼はくったく無く笑い出した。


心に張り詰めていたものが、私の心臓まで破いてしまいそうな
そんな気分を彼に会うまでずっと味わっていた。
飛行機の中ではその痛みで何度も一人涙を流していた。

そして今、彼の言葉を聞き、
その張り詰めていたものは疲れに変わった。
疲れと同時に安堵感が体全身を多い、
私は再び彼の目の前で涙を流した。

彼は私のそんな涙を指でぬぐうと、

「幸子が僕のために泣いてくれるなんて、、嬉しいよ、、」

そう言って、もう一度私を強く抱きしめた。
もうなにも彼に言うことが出来なくなっていた。





心臓が丈夫だったとはいえ
食道は弱っていた。
医者からはしばらくは
あまりストレスを溜めないようにして、
安静にするように言われていた。

しかし、カフェもやっとオープンしたばっかりで
彼もゆっくりはしていられなかった。
2,3日ゆっくり休んだ後、
またいつものようにカフェに戻って行った。


ニックが大丈夫だったと知り、
すぐにNYに帰ろうかと思ったが、
この際ニックと時間を作ってグラントとの関係を
話しておきたかった。
言いにくいことだが、電話で話すよりも直接話したかった。

それにウサギちゃんもバンクーバーに帰ってきているし、
彼女には絶対に会って帰りたかったので、
2週間ほどバンクーバーに居ることにした。

ニックは狭い彼のベースメントの部屋に一緒に住もうと
提案してきたが、
グラントとのこともあり、住めるはずもなく、
コアラちゃんの家の一部屋を借りることにした。



「今夜にでもグラントに電話しなきゃ、、、4日までに帰るって、、、」


9月の4日までにはNYに帰りたかった。
私の誕生日を
絶対彼に祝って欲しかったからだ、、、。
第25話、卒業



ウサギちゃんに電話して
次の日の午後に会う約束をした。

彼女に会うのは久しぶりと言うこともあり、
少しお洒落をした。
グラントに買ってもらった白のDKNYのワンピースに
白のサンダルを合わせた。
ポイントに、赤い革の小さなカバン、
耳には真珠のピアスをしていった。

待ち合わせのカフェにウサギちゃんが現れた、
その少し後ろにマイクが見えた。

「一緒に来たんだ、、」

自分が今日選んだ服に対してかなり安堵していた。
その日の私はどこから見ても
ちょっとカッコいいニューヨーカーだったからだ。

最後は私から振ったといえど、
ずっと好きだった男性に久しぶりに会うのに
美しい女でいたかった。
私と別れることになったことを
少しぐらい後悔させても罰はあたらないんじゃないかとも
思っていた。

私は席を立ち、
ウサギちゃんに手を振った。

それに気づいた二人は
私の方にやってきた。
私は再び座りなおし、
ワンピースに合わせて買ったDKNYのサングラスをゆっくり外して
二人に笑顔を見せた。


「久しぶり~~!」

ウサギちゃんは相変わらず透き通るようにかわいかった。

「また幸子に会えるなんて嬉しい、、、」

「私も~!」

久しぶりの再会に私たちはマイクを取り残し、
色んな話に花を咲かせた。

日本に帰った後も
やはりマイクのことが忘れられず彼女は戻ってきたそうだ。
彼女がバンクーバーにきてから
二人で話し合い、
まずはコモンロービザを取るらしい、
そして時期をみて結婚しようかとも
考えていることを彼女は延々と話し続けた。

その横で、彼女の話しが途切れるのを待っていたのか
マイクが話し出した。

「ニューヨークに居るんだってね、グラントから聞いたよ、、」

グラントはニックのビジネスパートナーでもあり、
よく連絡は取り合っていた。

「グラントから色々のろけられたよ、、」

「え?グラントから?」

ウサギちゃんは初めて聞く男性の名前に目をまん丸にして
私を見上げた。

「え、なんて言っていたの?」

二人の事に関しては無口なグラントが
自分の友達に私の事をどう話しているのか知りたかった。

「彼と一緒になるんだろ?これから忙しくなるとか言っていたよ、、」

「彼がそう言っていたの?」

「ああ、仕事がひと段落着けば、色々新生活の準備をするって言っていたよ、」

「新生活って?」

「よくわかんないけど、、
幸子が喜ぶものはどんなものかって、
僕に電話してきてたよ、ははは、おもしろいおじさんだろ、
年が離れすぎてたまにどう扱っていいか
わかんないって言っていたよ、、」



新生活、、、、

その言葉は昔見た、“ジャックと豆の木”の木のように
一気に私の頭の中で育っていった。
その木の枝はぐんぐん伸び、
花を咲かせ実をつけるように

私は一瞬のうちにグラントの赤ちゃんを抱いている妄想に
かられていた、、。

ウサギちゃんとマイクが目の前に居るにもかかわらず一人妄想にふけり
そして気がつけば奇妙な笑みをも浮かべていた。



「じゃ、そろそろ僕は仕事にもどらないと、、」

そんな私の妄想を打ち砕くように
マイクは急に席をたった。

「じゃ、ウサギ後でね、、、」

「うん、後でね」

「幸子、会えてよかったよ、、、
グラントはラッキーな男だね、」

彼はそういってそのまま席を離れた。
私はそのままマイクの後姿を目で追った。

カフェの扉を押しながら
もう一度彼が振り返った。

私をしばらく見つめた後、
軽くウインクをして出て行った、、、。


「さよならマイク、
もう浮気しちゃだめよ、、、」

彼の後姿にとどかないであろう言葉を投げてみた。



これで完全に彼から卒業できた。

第26話、縁距離



その夜、グラントに電話をした。
ニックが無事だということを伝えるためだった。


「それで、後10日ほどこっちに居ようと思います、、
ニックにもちゃんと話さないといけないし、、
ちゃんと全部片付けてからそっちに戻りたい、、」

「ああ、そのほうがいいだろう、、
それにしても、いつも居た君がいないと寂しいな、、、
この部屋もなんだか空っぽみたいだ、、、」

「ふふふ、、私が居なくて寂しいんだ、、」

「年寄りをからかおうとしているな、、、



ああ、君が居なくてかなり寂しい、、
この年よりは君を必要としているよ、、」

少し照れたグラントに追い討ちをかけるように
再び切り出した。
いつも冷静でいる彼へのお仕置きのつもりだった。


「あ、そうだ、マイクに今日会ったんだけど、、
あなたが私と新生活始めたいって言ってたって
マイクが話してました、、
私が喜ぶものなら私に聞いてくれればいいのに、、
ふふふ、、」

グラントは照れを隠そうとしているのが
ふーっつと
大きなため息をついた。

「おしゃべりな男だ、、」

その一言がおもしろく、
私は笑い出した、、、。

受話器を通して暖かい空気が流れていた。



「幸子、、、、」

「ん?」

「今度のプロジェクトが少し一段落しそうなんだ、、
ちょっと休みが取れたら二人で暖かいところに行かないか?」

「え?本当?」

「ああ、今はちょっと問題が起こって、最近毎日のように
ツインタワーで打ち合わせしているんだが、それも
9月に入れば終わると思う、、、、
それがちゃんと片付けば、
君の誕生日にかけて
メキシコにでも行こうか、、」

「私の誕生日覚えててくれたんだ、、」

「当たり前だ、ツインタワーのミーティングは忘れても、
君の誕生日は忘れないよ、あれだけ何度も枕元でいわれたからね、、」

グラントが笑い出した、
それにつられて
私も笑った、、、。

少し笑いが途切れたところで
再びグラントが話し出した。

「幸子とゆっくりしたい、、」



その夜はグラントを近くに感じていた。
本当のグラントの声を聞いたように思えた。

二人に出来た3次元の距離が
二人の心の距離を縮めていった。


居なくなって初めて気づく
存在の大きさ。


受話器を通して
私たちは
どれだけお互いを必要としているかを
感じあっていた、、、。

第27話、芝居


ニックと二人、
彼のカフェの近くのコリアンレストランに来ていた。

私がバンクーバーに帰ってきてから、
こうやってニックとじっくりと向かい合うのは
初めてだった。

私たちは3皿ほどオーダーしたが、
ニックはそれほど箸がすすまなかった。


「大丈夫?」

「ああ、まだあんまり食べたくないんだ、、
でも食べないと元気も出ないし、
それで無理して食べてるよ、、」

そういえば
頬の辺りも少し扱けてきていた。
グラントの話を今日切り出そうと思っていたが
疲れたニックを見ていると
何も言葉が出なかった。

「それとごめんね、まだアパート探してなくて、、
幸子もコアラちゃんの家に居候じゃ居ずらいだろう、、、
一度ポールに聞いてみてくれないか?
彼はリアルターだったよね?」

「うん、、、」

「幸子がよければ、
新しいアパートが見つかるまで、あのベースメントに一緒に住んでいいんだけど、
あんなに小さいところじゃ、、
幸子嫌がるかな、、、」


彼を嫌いになったわけじゃなかった。
彼のことは今までどうり愛していた。
ただ、彼よりも愛する人を見つけてしまっただけだったのだ。


こんなお芝居がいつまでも続くわけも無く、
彼に早く全てを話して
謝らなければならなかったが、

それは分かっているのに、
グラントの名前を口に出そうものなら、
心が焼けるように痛んだ。

目の前に居る愛しい彼を
自分の言葉で傷つけるのが恐かった。
きっと彼を傷つければ
同時に私も傷つくだろう、、。



食事が終わり、店を出た。

彼は私を家まで送りたいと言った。


彼の車でコアラちゃんの家の前についた。

小さいかわいい家からは
暖かい光がカーテンの隙間からもれていた。



「やっぱり明日、僕からポールに電話するよ、早いに越したことはないし
いい物件があればすぐに一緒に見に行こう、、」

もうこれ以上演じれなかった。

「ニック、、あの、、」

「それか、まずは賃貸でもいいからもう少しマシなところに
引っ越すか、、だな、、」

私の言葉をさえぎるように話し続けた。

「カフェがうまく行けばもう少しお金にも余裕が出てくる、
そうなった時に、いい物件を買えばいいわけだし、、、」

彼は私に話をさせまいとしているのか、、

かなり疲れていた。




「私、、そろそろ行くね、、」

「ああ、、明日も一緒に晩御飯食べてくれない?
幸子が一緒だと箸もすすむんだ、、、」


私は何も言わず頷くと、
彼は運転席に座ったまま
私に別れのハグをしてきた。


「僕は君を絶対に幸せにするから、、約束するよ、、、」

彼は私の耳元でそうささやいた。






聞きたくなかったのか、
聞けなかったのか、、、
どうしてなのか
私には分からなかったが、
彼は何も聞こうとしなかった。


きっと彼は全てを知っていた。


                   続く




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